2016年6月7日火曜日

川崎での画期的な勝利の次の目標 ー差別をなくす運動が全世界の未来に通じる運動につながるー

(1)ヘイトデモを中止させた市民の運動は画期的なものでした
確かに5日のヘイトデモを中止させた市民の行動は画期的でした。
映像でヘイトデモのリーダーらしく人物の映像を見ました。こんな人物だったのか、やっぱりというか、ばからしいという感じですね。川崎のヘイトデモに関する抵抗はひとまず、一段落というところでしょうか。これは歴史的な勝利であったと思います。
川崎市のヘイトデモ隊への公園使用不許可から始まる一連の運動成果を私はFB、ツイター、ブログで情宣してきたのですが、その反応は大きく、数万人の人が累計で以下の記事を読んでいます。
歴史は動いた!市民の力がヘイトデモを退却させた!
http://oklos-che.blogspot.jp/2016/06/blog-post_5.html

ヘイトスピーチの裏側にある構造化された差別
http://oklos-che.blogspot.jp/2016/05/2013512-zaitok-kai-is-coming-to-town.html

公園の使用を不許可にした川崎の次の課題は何か
http://oklos-che.blogspot.jp/2016/06/blog-post.html

神奈川県公安委員会はヘイトデモの許可を決定
http://oklos-che.blogspot.jp/2016/06/blog-post_3.html

ヘイトスピーチ対策法案成立に思う
http://oklos-che.blogspot.jp/2016/05/blog-post_25.html

(2)川崎から、日本から差別を許さない社会を作るための条例化

しかし私たちがなすべきことはヘイトスピーチへの対抗だけでなく、川崎から、日本から差別を許さない社会を作ることではないでしょうか。それにはあらゆる差別を許さない条例を作る必要があります。川崎市における世界水準の差別を許さない条例化のこともおそらく皆さんは今後の課題として議論されるでしょう。しかしそのような条例化だけでは差別をなくしていくには不十分だと思います。

何度かみなさんにご紹介していますが、私は川崎市が外国籍の地方公務員の差別を制度化した問題が不問にふされたまま今日に至っていることをこの際、しっかりと市民の力で克服しなければならないと考えているのです。



(3)「当然の法理」について
これはサンフランシスコ条約の締結の前に、日本の植民地支配の中で多くいた朝鮮人と中国人の公務員(当然、日本国籍でした)を排除するために作られた「当然の法理」と呼ばれる政府見解を各地方自治体がそのまま金科玉条のごとく踏襲しているということです。地方国家公務員法には国籍条項がないにもかかわらず、川崎で生まれ育った在日が公務員になるというのはありえないはなしであったのです。しかしそれでも門戸は開放されていきました。多くの在日は外国人への門戸の開放を喜びましたが、昇進の禁止と職務の制限(約2割)を知った当時の川崎のオモニたちは、川崎は門戸を開きながら後ろ手で閉めたと言っていました。名言です。

これは結局、戦後の「平和と民主主義」とは何であったのかを問うことになります。経済復興を目標に、「平和と民主主義」を掲げながら、植民地支配の清算をしなかったことが、外国人への差別が一般市民の中で黙認、当然視されてきたものだと言えます。これは戦後の日本の運動が植民地主義の清算の問題を直視することなくアメリカの核の傘の下で、一国平和主義に終わってきたことと関係するでしょう。

これは国のあり方を問う問題ですが、同時に地方自治体の自立の問題でもあります。戦争推進に全面的に従事してきた地方自治体がその反省の上で地方自治独自の在り方を求めるのは当然の課題でありました。しかし日本の民主主義はそのような内実をもたなかったのです。この制度化された差別が一般の人々の差別意識に支えら、またその差別意識を増幅しているのです。

(4)川崎における次の課題
川崎市は全国で最初に外国人への門戸を開きながら、採用された外国人公務員には管理職にならせないこと、市民に命令する職務に就かせないという内部規約を作りました。そこには行政、組合、市民運動がかかわりました。門戸開放の条件としてそのような内部規約が作られたのでしょう。しかしながら川崎市の差別制度こそ、まさに差別の象徴だと考えます。この問題が解決されない限り、川崎から差別をなくしていくことはできません。

ヘイトスピーチは許されない、差別をするなと発言している人の中でも川崎にこのような問題があることはご存じない方が多いものと思います。川崎の前市長は、「いざという場合に戦争にいかない外国人は『準会員』」である」と言いましたが、多くの川崎の運動体はこの発言を在日に対する差別の問題ととらえ、自分たちの問題であり地方自治体の在り方を問うものだという理解をしなかったため、市長は従来通り共生政策を続けるということで幕引きされました。そして今は、この問題は棚上げにされたまま、川崎は「共生の街」といわれるようになっています。

現市長は「差別でなく、区別である」と言い、門戸の開放によって地方公務員になった外国籍公務員の課長以上の昇進を禁じ、一般市民に命令する仕事はさせないという職務制限をしていることを差別ではないといい続けています。もちろんこれは、川崎だけでなく、全国すべての地方自治体でも同じです。

詳しくは、外国人差別を考える 「共生」の内実を問う「外国人への差別を許すな川崎連絡会議」をおよみください。
http://homepage3.nifty.com/hrv/krk/ 

(5)差別をなくす運動が全世界の未来に通じる運動につながる
在特会系のヘイトデモを中止させた川崎での市民運動の勝利の後の課題はなんでしょうか。川崎市がこのような差別を制度化しているという事実をしっかりと受け止めていただきたいと願います。
この問題を取り上げること中で様々な問題が浮上するでしょう。反核平和都市宣言をした川崎市は市内に戦争に加担する技術、製品を売る大手企業を抱えています。NEC然り、その最大手は東芝です。東芝はこの15年間で64基の原発を製造・輸出する計画を発表しました。

東芝、15年間で64基の原発を川崎を中心に製造・輸出する計画
http://oklos-che.blogspot.jp/2016/02/blog-post_24.html

日本の政党、マスコミは原発の輸出に触れることは少なく、その中でも共産党などは反原発の旗手の働きをしているのですが、他の政党と同じく、具体的に東芝、日立、三菱重工(その他下請け多数)の名をあげることはしません。それは連合のように企業の中に政党と関係する組合があるからなのでしょうか、その理由はわかりません。

しかし川崎市民の中で東芝、日立が福島で事故を起こした原発を製造した会社であることを知る市民は圧倒的に少ないのです。ましてや東芝が64基もの原発を製造・輸出しようとしていることをほとんで知る由もないでしょう。

東芝の原発の小型化の技術及び原発の輸出にはあのビル・ゲイツもかかわっています。反原発の運動は国際連帯によって進められなければならない理由です。

毎年千名を超える反原発の3・11集会をやっている川崎においても、その足元で原発が作られ、輸出されることに反対する声はあがりませんでした。原発輸出は武器輸出です。原発は「戦力」なのです。私たちはメーカー訴訟において、原発そのものが違憲であることを主張しています。

どうして私たちはメーカー訴訟をはじめたのかー原発の製造及び輸出は憲法違反を主張

http://oklos-che.blogspot.jp/2016/03/blog-post_23.htm

反核と反原発はひとつのものでなければなりません。川崎でヘイトスピーチをなくす、差別をなくす市民運動が広がることは、核や原発による「原子力の恐怖」から免れて生きる社会にする運動とつながります。差別をなくす運動が全世界の未来に通じる運動につながるということを皆さんに理解していただきたいと願います。

1 件のコメント:

  1. トルコからの久美子の手紙2016年6月7日 20:20

    【差別をなくす運動が全世界の未来に通じる運動】私は、Seungkoo Choi さんのメッセージに全面的に賛同します。

    日本の社会、日本人の顔には、表の顔と裏の顔があると思います。政府も同じ、表の顔と裏の顔。市役所も表の顔と裏の顔。企業も表の顔と裏の顔・・・。その中で、市民が、国民が、植民地時代に連れてこられた特に朝鮮人、中国人が犠牲になっているのではないでしょうか?未だに声を上げれない人びと・・。日本は、国家も、日本人も、いだに、人権を尊重する自立した、独立した国家に成長していないと思います。声もあげられない…人たち・・。敗戦の後、世界が見守る中で、1951年サンフランシスコ条約が締結されました・・。これは表の顔。裏の顔は、今だに差別と弱い者いじめに明け暮れています。ヘイトデモを行う人びとは、お金で動いているのでしょう。その金はどこから・・?同じように世界も同じ原理です。その中で、今回、多くの川崎市の市民がヘイトスピーチに対し抗議の声を上げました。それに、参加した人は、川崎市の市民ばかりではありません・・。日本中が見守っていました。この抗議行動を未来に繋げ、全世界の未來に通じる運動に繋げようとする川崎市に住むChoi さんの発想に大賛成です。そして、私も川崎市の皆さんと一緒に、差別に対する抗議の声を上げ、反差別、反原発、反核、反テロ。反戦争の世界に通じる運動に是非ともつなげていきたいと思う一人です。


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